3. 「松尾」はどこに?(B. 記録映画の舞台裏)

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3. 「松尾」はどこに?(B. 記録映画の舞台裏)

近江松尾人
様々な情報収集と整理作業を経て、平成7年11月2日、根岸の円光寺において札差泉屋丹羽家墓所との出会いが実現しました。助手の金子サトシ君とともに、墓に彫られた「御蔵前」の文字を目にした時の感動は今も忘れられません。ところが、それからやっかいな問題をかかえることになります。
札差丹羽茂右衛門の叔父桃丸の出身地「近江松尾」がいったい今のどこにあたるのか、はじめは皆目わからなかったのです。
 

探索
丹羽桃丸の墓に彫られた文章の冒頭部分は次の通りです。
    従父君諱桃丸姓丹羽近江松尾人

「近江松尾人」とあります。そこで手始めに、滋賀県の地名辞典を調べ候補としてあがってきたのは次の3ケ所でした。すなわち、滋賀県甲賀郡水口町大字松尾、滋賀県八日市市松尾町、滋賀県蒲生郡日野町大字松尾です。ところがそれぞれの教育委員会等へ問い合わせましたが、札差丹羽家の情報は得られません。そこで、滋賀県内にお住まいの丹羽姓の方々へ手紙を書き問い合わせてみたのですが、札差丹羽家および松尾という地名に結びつく方からの情報はありませんでした。

 
さらに、初代住友総理事の広瀬宰平が近江の出身で(渡辺守順「近江商人」)、宰平の養父広瀬義右衛門義泰が、札差業を営む泉屋住友の10代目支配人だったことなどから(末岡照啓「江戸浅草米店(札差店)支配人広瀬義右衛門義泰について」)、もしかしたら松尾の丹羽家については、近江商人の側から情報が得られるかもしれないと期待し、滋賀大学経済学部付属史料館のホームページで近江商人について検索……。しかしそれらは全て的外れに終わりました。こうなればとにかく近江へ乗り込んでみよう、と破れかぶれの気持ちになっていきます。

土山町の松野尾村と『雑々集』
そうこうしている時に、水口町立歴史民俗資料館の米田 実氏よりファックスが届きました。「もしかすると(滋賀県甲賀郡)土山町の松野尾村ではないか」と言うのです。「滋賀県小字取調書」(明治15年)に、果たして土山町野上野の小字名の中に、ルビ(マツノオ)付きで「松野尾」という地名を確認しました。そして享保10年(1725)の土山助郷帳に「松尾村」の記載を知るに至ります。しかしそれだけでは、先の水口町大字松尾、八日市市松尾町、日野町大字松尾に土山町松野尾(松尾)が加えられたに過ぎません。

 
ところが、こうしているうちに雪のシーズンを迎えてしまいます。もし桃丸の故郷が土山町の松尾であっても、雪の中から祖先の墓を見出すことは容易ではありません。とにかく先が急がれました。
さて、桃丸の著作とされる『雑々集』という本が東北大学所蔵であることについて台東区教育委員会へ一報を入れたのが平成7年11月10日、以後、東北大学附属図書館と連絡を取っていただき、文化財調査員の坪利剛氏に同行し仙台へ向かったのが年も押し迫った12月26日でした。そこで史料を閲覧し同図書館狩野文庫所蔵の『雑々集』が丹羽桃丸の著述であることが確認されました。

丹羽桃丸の生誕地判明
帰宅した翌日(12月28日)、その『雑々集』のマイクロフィルムのコピーに目を通す一方で、『蜻蛉の道艸』のマイクロフィルムのコピーをめくっていたところ、「子歳暮并序」と題する一文に目が止まりました。その中に、「水口々に唱ふなる、間の土山雨かふる、外白川の河の上、小村なれ共常磐なる松尾の里の生れ、年は積もって六十一矣」(松尾には「まつのお」のルビあり)という文句を見つけたのです。
その日の私の日記に次の記述があります。
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『雑々集』に目を通しながら、『蜻蛉』もぱらぱら見てみた。そうしたら、「白川」だの土山町の地名が盛んに出てくるところがあった。→それらから、桃丸の生まれが近江甲賀郡松尾村すなわち滋賀県甲賀郡土山町の旧松尾村であることが判明。
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日記につけた表題は、「『蜻蛉の道草』から土山の松尾村と知る」とあります。そうすると今度は、ここで言う「松尾の里」に生まれた人物が、本当に桃丸なのかどうかが気になってきます。
「子歳」というのは安永9年(1780)です。桃丸は享保5年(1720)に生まれていますから、両者を差し引きプラス1が数え年になるわけで……、ずばり、計算結果は61。「年は積もって六十一矣」と一致しました。
また当時は見落としていたと思いますが、「松尾」に付けられたルビは「まつのお」であり、この点でも水口町立歴史民俗資料館の米田氏が指摘した「土山町の松野尾村」と符合します。
こうして、円光寺の墓石に刻まれた「桃丸姓丹羽近江松尾人」の松尾が、滋賀県甲賀郡土山町松尾であることがようやく判明したのでした。